家元のよみもの Vol.39 いただいた命を、いかす
第14回目となる三千院秋季華道展を今年も無事に済ませてまいりました。
このところ、三千院での作品は、古典様式に使う花材以外は、京都のお花屋さんで求めています。
とても熱心に花材を調達してくださるお花屋さんで、私はワクワクしながら出かけます。
どんな花材と出会えるのか、京都に行くまでわかりませんので、少しドキドキもしますが,私の好みを把握して下さっているので、心の底では安心感があります。
東京のお花屋さんでも、絶対良い花材がある、といつも信じて出かけます。
すると、必ず、これだ!と思うものに出会えます。
関東でも関西でも、信頼できるお花屋さんがあるということは、本当に有り難く、幸せなことです。
それに加えて、私を応援してくださる方々の中に、ご自宅の植物を提供して下さる方がいらっしゃいます。
必要な時に現地に赴き、木を見上げて、欲しい枝を切ってもらうのです。
こんな贅沢があるでしょうか。
本当に感謝してもしきれません。
今回の三千院秋季華道展では、その花材で迎え花を生けました。

そして、帰浜して間も無く、チャリティーパーティーで、ピアノに合わせてお花を生けるというパフォーマンスを依頼されており、それと共に、得意とする富士山も会場に飾ることになっていました。
この迎え花と富士山、どちらもそのお宅の貝塚伊吹です。
今回、私は、流派に伝わる型の中でも特に大好きな、天地二体を三千院で、遠景の富士をパーティー会場に、それぞれ生けました。
富士は近景も好きですが、その時の枝の状態によりますので、今回は遠景になりました。
何度となく生けておりますが、今回はこの天地二体も遠景の富士も、これまでで、最も満足のいく出来栄えでした。
遠景の富士はパーティーが終わってもまだまだ青々と元気いっぱいでしたので、ご提供下さった方のお宅へ運び、今もお玄関で元気な姿を見せているようです。

私の仕事は、花材がなければ成り立ちません。
近年、植物の入手が困難になってきている中、その命を絶ち、造形することを、思い悩んだことがありました。
しかしながら、だからと言って、生けることをやめることはできません。
私にできることは、最後まで精一杯、その植物を活かすことしかないのです。
切り取られた植物は、自然界に存在するよりも早くその命の終わりが来てしまいます。
ですから、その植物達を最大限輝かせ、できるだけ長く愛でていただけるよう、大切に扱いながら生け上げることが、植物に対して私ができる、感謝の表し方なのです。
もう一つ、貴重な植物を提供して下さる方がいます。
台風で倒れた木や、虫食いの為に切らなければならなくなった木の枝をいただくことがあります。
それは普通では手に入れられないような枝です。
大切にしてきた木が思いがけず命を終えることは、そこに携わる方々にとって、どんなにか切ないことだと思います。
その思いを噛み締めながら、私はその枝と向き合います。
お花屋さんだけでなく、たくさんの方から、大切な植物をいただいておりますことに、改めて感謝を申し上げたいと思います。
これからも沢山の植物を生けていきたい、そして、そのいただいた命を決して無駄にすることなく、花に真摯に向き合ってまいります。
梶井宮御流
第二十一世家元
一松斎 藤原素朝





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